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最高裁判所第一小法廷 昭和25年(れ)1370号 判決 1957年3月28日

主文

被告人亀井武雄、同須佐正武の本件各上告を棄却する。

原判決中被告人永江一夫、同堀江作太郎(無罪部分を除く)に関する部分を破棄する。

被告人永江一夫は無罪。

被告人堀江作太郎を原判決の判示第一の一、二、四、第二、第三の一(イ)(ロ)の所為につき懲役二年に処する。

被告人堀江作太郎に対する第一審における未決勾留日数中八〇日を右本刑に算入する。

原判決の判示第一の六の事実につき被告人堀江作太郎は無罪。

原判決の判示第四の事実につき被告人堀江作太郎を免訴する。

被告人堀江作太郎から金二万円を、同被告人および原審相被告人福本規から金五万円を追徴する。

訴訟費用中第一審並びに原審の証人中島賢治、原審証人前田俊治、長岡貞雄、清水源二、谷村英一に支給した分は被告人堀江作太郎の負担とする。

理由

被告人亀井武雄の弁護人小西喜雄の上告趣意第一点について。

刑訴施行法二条は、すべて同類型の事件に同様の取扱をなすものであって、憲法一四条の平等の原則に違反するものでないことは、当裁判所大法廷の判例(判例集四巻八号一四二九頁以下参照)であるばかりでなく、所論は原判決に対する具体的な不服理由を全然示していないから、上告適法の理由となし難い。

同第二点について。

賄賂収受の意思その他原判決の判示第三の二の(イ)(ロ)の事実認定は、挙示の証拠によりこれを肯認することができる。所論は、結局原審の裁量に属する証拠の取捨、判断を非難して原判決の事実誤認を主張するに帰するから、採用できない。

同被告人の弁護人山脇正夫の上告趣意について。

収賄の日時、意思その他原判決の判示第三の二(イ)(ロ)の事実認定は、挙示の証拠によりこれを肯認することができる。されば、所論前段は、原審の裁量に属する証拠の取捨、判断を非難してその事実誤認を主張するに帰し、採るを得ない。

また、原判決が収受した賄賂を費消しないで贈賄者に返還した旨判示したことは所論のとおりであるが、かかる判示をしたからといって、被告人が収賄の意思がなかったことを有力に推定し得る事実を判文中に表現したものということはできない。されば、原判決がかかる表現を判示したものとして理由齟齬を主張する所論後段もまた採用できない。

同被告人の弁護人磯田亮一郎の上告趣意について。

原判決の判示第三の二の(イ)(ロ)の事実認定は、挙示の証拠で肯認することができ、原判決には判決理由に所論のような齟齬が認められない。所論は、結局原判決の採用しない証拠に基つき原判決が適法になした事実の認定を争うに帰し、採ることができない。

以上の理由により被告人亀井武雄の本件上告は、理由がないから刑訴施行法二条旧刑訴四四六条により同被告人の上告はこれを棄却すべきものとする。

被告人須佐正武の弁護人奥田忠策の上告趣意について。

所論は、結局原審の裁量に属する量刑の不当を主張するものであるから、上告適法の理由ではない。

同被告人の弁護人金沢次郎の上告趣意について。

所論第一は、原審の裁量に属する量刑を不当であるとするものであり、同第二は、原審が適法になした事実認定の誤認を主張するものであって、いずれも適法な上告理由ではない。

されば、被告人須佐正武の上告は、その理由がないから、刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条により、これを棄却すべきものとする。

被告人永江一夫の弁護人河上丈太郎、同美村貞夫の上告趣意第一点について。

原判決が、判示第一の冒頭において、所論摘示のごとく、要するに、被告人永江一夫は、昭和二三年三月一〇日より同年一〇月一八日まで農林大臣として農林行政一般に関する事務を統轄掌理していたほか判示のごときいわゆる復金(復興金融金庫)融資の斡旋事務の処理についても農林大臣所管の事務としてその責任に任じていたものである旨判示したこと、並びに、判示第一の六および七において、所論摘示のごとく、要するに、被告人堀江作太郎は、同年三月一八日被告人永江一夫から農林省所轄下兵庫食糧事務所長宛に「堀江君を紹介申上候よろしく願上候」と記載しKNとサインした農林大臣永江一夫名義の紹介名刺一枚を貰い受け、また、被告人堀江作太郎は、同年三月末頃農林大臣官邸で被告人永江一夫から復金融資部長密田博孝に紹介され、種々奔走尽力した結果農林省の斡旋により復金から融資を受けることができたので、その謝礼並びに将来も同様な便宜を受けたい趣旨を含めて同年七月三〇日被告人永江一夫に対し現金三〇万円を同人の前記職務に関し賄賂を供与し、被告人永江一夫はその情を知りながらこれが交付を受けた旨判示したことは所論のとおりである。そして、原判決の確定した被告人の前記復金融資の斡旋に関する職務権限の内容は、「毎年各四半期毎に産業の資金計画案を樹立しこれを基礎とし農林省内各局に於て受理した業者から申請の復興金融金庫(以下復金と略称す)から融資希望事業並その希望者を検討した上同省総務局総務部農林金融課に連絡し同様において更らに全部を取纒め整理し省議を経た上経済安定本部と折衝し農林全体に対する所謂融資枠が確定された後これを閣議に付議して融資枠の最後的決定がなされ、次で右決定に基つき農林省内に於て融資企業体の緊急度等を勘案して各局別各業態別にこれを適宜配合し各業者に対し復金融資の斡旋事務の処理について農林大臣としてその責に任ずる」というのであるから、結局その職務権限の内容は、毎年各四半期毎に産業の資金計画案を樹立すること、復金融資に関する省議を主宰すること、農林省全体としての融資枠を得るについて安本と折衝すること、それが閣議に付されたとき意見を述べることのほか以上大綱に亘る事項の前後における各局部課の細目の事務的処理に対し一般的な統轄、監督をなし、必要なときは部下に指揮、命令をすることであるといわなければならない。従って、被告人永江が前記のごとき兵庫食糧事務所長宛の紹介名刺一枚を交付したこと(これが部下に対する指揮、命令でないことは所論のとおりである。)、並びに、復金融資部長を紹介したことは、農林大臣の復金融資に関する本来の職務執行行為に属しないものであることは論を俟たない。しかし、刑法一九七条の公務員の収賄罪の規定にいわゆる「其職務ニ関シ」とは、当該公務員の職務執行行為ばかりでなく、これと密接な関係のある行為に関する場合をも含むものと解するを相当とするから、前記被告人永江の行為が職務執行行為と密接な関係のある行為であるか否かを判定することとする。

まず、判示紹介名刺を交付したことについて審究して見ると、原判決の確定したところによれば、右名刺交付の日時は、被告人永江一夫が農林大臣に就任した昭和二三年三月一〇日から一週間余を経た同月一八日であるというのであるから、同被告人が果して判示復金融資の職務行為につき深い理解を有していたかについては多大の疑問を存するのであるが、一方において原判決は、「被告人堀江作太郎は、被告人榎本英彦から同人が製粉工場の設立並その設立資金融資に関する手続等を農林省係官に就て調査した結果の報告を受け前記東洋製粉株式会社の工場設立に要する資金を復金から融資を受けたいと考え昭和二三年三月一〇日頃農林省に対し右東洋製粉株式会社に対する復金融資の斡旋方の申請書を提出し、その頃被告人永江が止宿していた旅館駿台荘で被告人榎本と共に当時農林大臣に就任していた被告人永江に面会して右製粉事業計画の内容を説明して援助方を依頼し同人の賛成を得て激励されたのであるが、農林担当係官から右申請書につき地元食糧事務所の副申書の添附がないと受理できない旨注意されたので同月一八日右駿台荘に於て被告人榎本の口添により被告人永江から右名刺を貰い受けた」と認定しているのであるから、被告人永江一夫は、被告人堀江作太郎が自己の職務に属する復金融資の斡旋方の申請書を受理されるのに必要な副申書を書いて貰いに行くのに利用することを知りながら該名刺を交付したものと認めざるを得ない。その上該名刺は農林大臣の肩書を附したものであり、宛名は農林省所轄下の兵庫食糧事務所長であり、しかもその結果目的とした副申書を得ることができたのであるから、該名刺の交付は、結局被告人永江一夫の職務に関係ある行為であるとなさざるを得ない。しかし前記のごとく、副申書は、復金金融斡旋方の申請書を受理されるために必要な書類ではあるが、これをもらって右申請書類を整備する等のことは、復金融資を受けるための準備的段階の行為たるに過ぎない。果して然らば、本件名刺の交付は、被告人永江の職務に関係ある行為ではあるが、未だその職務執行行為に密接な関係のある行為ということはできない。

次に被告人永江一夫が被告人堀江作太郎に対し判示復金融資部長を紹介した点について審究して見ると、原判決の認定したところによれば、右紹介はその紹介の場所その他から見て被告人永江一夫が個人としてではなく、農林大臣としてしたものであって、その目的は被告人堀江作太郎をして復金から融資を受けるについて復金融資部長に対しこれが依頼をなす機会を与えるためであったと解することができる。しかし、復金金融金庫法二八条によれば、「復興金融金庫及び復興金融審議会は、主務大臣が、これを監督する」のであり、同法施行令三四条によれば、「復興金融金庫法中主務大臣とあるのは、大蔵大臣及び通商産業大臣とする」とされているのである。それ故、農林大臣は復金を監督する主務大臣ではない。また右復金融資部長は重要なる地位にある者ではあるが、農林大臣の部下でないこと明らかであるから、原判決の確定した前記復金融資に関する農林大臣の職務権限によれば、かかる紹介はその本来の職務権限に属しないことはさきに一言したとおりであり、またこれに密接な関係のある行為ともいい難いことは多言を要しないところである。然らば、如上説明したとおり右の紹介行為は二つとも同被告人本来の職務行為ではなく、またその職務に密接な関係のある行為とも認められない以上、被告人永江一夫の本件収賄罪は成立しないものといわなければならない。されば、本論旨は、結局その理由があって、爾余の論旨および同被告人のその余の弁護人の論旨に対し判断を与えるまでもなく、同被告人に関する原判決は、刑訴施行法二条、旧刑訴四四七条により破棄を免れない。よって、旧刑訴四四八条、四五五条、三六二条により同被告人に対しては、無罪を言渡さなければならない。

被告人堀江作太郎の弁護人吉岡幸三の上告趣意第一点について。

原判決が判示第二の(一)(二)として所論摘示のごとく業務上横領の事実を認定したこと、並びに、本件公判請求書に援用されている犯罪報告書記載の犯罪事実が所論のような内容の詐欺の事実であることは、所論のとおりである。しかし、原判決挙示の被告人堀江作太郎の原審公判廷における詐欺の公訴事実に対する弁解としての供述その他の証拠によって認められるとおり、両者の被害者は、いずれも船舶運営会神戸支部であり、被害金の性質はいずれも大連汽船関係の船員の給料支払等に充てる金員であり、犯行の場所も同一であり、その内容も前者の日時頃判示のごとく横領した後、後者の日時頃犯罪報告書記載のごとく伝票を経理課に提出して支払の決済をつけたというのであるから、判示日時頃本件船舶運営会の大連汽船関係の船員の給料支払等に充てる金員を同神戸支部において不正領得したという基礎的事実関係は両者を通じて同一であることが認められる。されば、原判決には、所論の違法があるとはいえない。

同第二点について。

原判決の判示第二の事実の判示は、所論摘示のごとく被告人堀江作太郎は、判示会計主任として毎日予め経理課係員から判示当日の見積概算金の交付を受け判示のごとく支払をした上残金を判示のごとく経理課員に返済して決済する業務に従事中判示(一)(二)のごとく業務上占有中の見積概算金の内約三万円と約四万円を判示のごとき支払に充てるため擅に着服、横領したというのである。従って、その着服横領というのは、本来判示経理課係員に返還すべき見積概算金の残金を係員に返還せずに判示支払に充てるために自己の手中に保留して領得意思の発現行為たる横領行為をしたという意味であることが明らかである。されば、原判決は判示のごとき支払に充てたことを横領としたものではなく、また、かかる支払に充てるため金員の交付を受けたと判示したものでもないことは、いうまでもなく、さらに、被告人がかかる支払をなす権限のなかったことも判示に照らし自ら明白なところであるといわなければならない。そして、原判決挙示の証拠によれば、右のごとき原判示業務横領の事実認定を肯認することができるのである。それ故、原判決には、所論のごとき理由の不備又は齟齬を認めることはできない。

被告人堀江作太郎の弁護人多田克の上告趣意一について。

弁護人吉岡幸三の上告趣意第一点について述べたとおり原判決の判示第二の(一)(二)の業務横領の事実は、所論詐欺の公訴事実とその基礎たる事実関係を異にするものとは解せられないから、原判決には所論(イ)の違法は認められない。

次に、原判決挙示の被告人の原審公判廷における自白のほか原審証人長岡貞雄、同中島賢治の各供述並びに始末書の記載等を綜合すれば、被告人が判示頃判示金員を業務上保管していた事実、その他原判示第二の(一)(二)の事実認定を肯認することができそして、右証言竝びに記載は、被告人の自白を補強するに充分であると認められるから、原判決には所論(ロ)(ハ)の違法は認められないし、また、所論(二)の主張はその前提を欠き採るを得ないものといわなければならない。

同二について。

被告人永江一夫の弁護人河上丈太郎、同美村貞夫の上告趣意第一点について述べたとおり同被告人の被告人堀江作太郎に対しなした紹介名刺の交付竝びに復金融資部長を紹介した行為は、被告人永江一夫の農林大臣としての職務行為又はこれと密接な関係のある行為と認められないから、かかる行為に対する謝礼の趣旨をもってなされた原判示第一の六の被告人堀江作太郎の金員交付行為は、罪とならないものといわなければならない。それ故、本論旨は、結局理由あるに帰し、被告人に関する原判決は刑訴施行法二条、旧刑訴四四七条により破棄を免れない。

よって、旧刑訴四四八条、四五五条、三六二条により右の点につき同被告人を無罪とすべきものとする。

同三について。

原判示第三の一の(イ)(ロ)の判示は、贈賄罪の罪となるべき事実の判示として欠くるところはない。また、本件は刑訴施行法二条の規定により旧刑訴及び刑訴応急措置法の適用される事件であるから、同措置法一三条二項の規定により所論事実誤認の主張は、上告適法の理由として採ることができない。

次に記録によれば、所論(A)の聴取書は勾留後九日目になされた自白にすぎないことが認められるから、右の点についての所論は採用し難く、また、同(B)の聴取書は勾留後約三ケ月目になされた自白ではあるが、本件の関係人の多数であること、事案の複雑であること等に鑑みるときは、当裁判所大法廷が屡々示した判例の趣旨に徴し、不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白とは認め難い。

同四ないし六について。

所論四の(イ)の(A)(B)及び五(イ)は、結局原判示に副わない事実関係を前提とする法令違反の主張に帰し、原判決に対する適法な上告理由とは認め難く、また、判示商法違反と公正証書原本不実記載とは通常手段結果の関係あるとはいえないから、四の(イ)の(C)並びに五の(ロ)の主張も採用し難い。次に、四の(ロ)の(A)の聴取書は勾留後二三日目(B)の聴取書は勾留後七日若しくは八日目になされた自白であること記録上明らかであるが、前論旨後段で述べた理由により後者は勿論前者についても不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白とは認め難い。また、四の(ハ)は、事実誤認の主張であり、六は、量刑不当の主張であるから、刑訴施行法二条、刑訴応急措置法一三条二項の規定により上告適法の理由となし難い。

職権をもって調査すると、原判決の判示第四の事実については、原判決のあった後昭和二七年四月二八日政令一一七号大赦令一条八七号により大赦があったので、刑訴施行法二条、旧刑訴四三四条二項、四四八条、四五五条、三六三条三号により、この点においても原判決は破棄を免れないものであり、右事実につき被告人堀江作太郎を免訴すべきものとする。

よって、前記無罪、免訴を言渡すべき事実以外の点につき法令の適用をすると、原判決の確定した被告人堀江作太郎の原判示第一の一の点は、改正前の商法四九一条前段に該当するところ、その後同法条は、刑の変更があったから、刑法六条、一〇条により軽い改正前の同法条前段の刑に従い所定刑中懲役刑を選択し、判示第一の二の公正証書原本不実記載の点は、刑法一五七条一項、六〇条に、同行使の点は、同法一五八条一項、一五七条一項、六〇条に各該当するところ、前者と後者は手段、結果の関係があるから、同法一〇条により犯情重き後者の刑に従い、所定刑中懲役刑を選択し、判示第一の四、第三の一の(イ)(ロ)の贈賄の点は、各同法一九八条((イ)の点につき更に同法六〇条)に該当するからそれぞれ所定刑中懲役刑を選択し、同第二の(一)(二)の業務上横領の点は、各同法二五三条に該当するところ犯意継続に係るから昭和二二年法律一二四号附則四項により改正前の刑法五五条を適用し、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い業務上横領の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人堀江作太郎を懲役二年に処し、同法二一条により同人の第一審における未決勾留日数中八〇日を右本刑に算入すべきものとし、原判示第三の一、二の各(イ)の賄賂五万円、各(ロ)の賄賂二万円は、収賄者である亀井武雄から前者は贈賄者である被告人堀江作太郎原審相被告人福本規に対し、後者は被告人堀江作太郎にそれぞれ返還され且つその返還された金は、贈賄者において費消しこれを没収することができないから刑法一九七条の四に則り贈賄者からその価額をそれぞれ主文八項のとおり追徴すべく、主文九項記載の訴訟費用については、刑訴施行法二条、旧刑訴二三七条一項によりこれを被告人堀江作太郎の負担とすべきものとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)

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